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幾千の扉


お酒を飲んでいたから仕方ない、なんて大人に都合のいい言い訳でしかない。
それが子供にどれほどの影響を与えているか。
そんな言い訳が毎日続けばどうなるか。
子供には、反論するだけの知識も力もない。
酔った親の言動をすべて仕方のないことだと受け入れるしかなく、子供の人生は静かに歪んでいく。
見えないところから、家庭は静かに崩壊していく。

アルコールが入ったら、親は親ではなくなる。
アルコールで忘れ去られ、果たされなかった幾つもの約束。
頼みごとも、願いごとも、朝になればすべてなかったことにされた。
そんなもの、親の記憶には残っていないから。
親は当てにならないと悟った遠い日。

僕は他人に頼るのが下手だ。
困ったことがあったらなんでも言ってね、と誰かに言ってもらえても、僕は素直に喜べない。
またきっと期待は裏切られるかもしれないとこころのどこかに不安がある。
それにより願いがかなうことはないだろうという諦めがある。
結局、なんでも自力でできる限界まで、独りでやる。
しかし、人間には独りでできることに限界がある。
自分の力ではどうにもならなくなって、困り果てて、勇気を振り絞って口にした頼みごとを他人に忘れられたとき、あの日の失望感、くやしさ、怒りが一気に甦る。
僕が嘘吐きが大嫌いなのは、根底にこの「忘れられた」という過去があるからだ。

約束をひとつ忘れ去られる度に、僕はひとつ諦めなくてはならなかった。
諦め切れない約束は、記憶の奥深くにあるドアの中へ押し込んで、自分でも忘れたことにしなくてはならなかった。
そうして閉じられた幾千ものドアが、僕のこころをいまも縛り付ける。
扉の向こうでは、あの日の僕が、時を止めたまま泣き続けている。

ADHDと診断され、後に自分がACだと自覚したここ数年、僕は幾つものドアを開け、記憶のかけらを解放した。
まだ、足りない。
いまも無数のドアが残されている。

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